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佐々木朗希(大船渡)の母親&父親は?敗因&理由はなぜ?ドラフト候補!

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~佐々木朗希投手地区予選敗退!~

令和の怪物の異名を持つ佐々木朗希投手を擁する大船渡高校が地区予選の決勝戦で甲子園常連校の花巻東高校に2-12で敗れました。甲子園で活躍する佐々木投手の姿を期待していた高校野球ファンの楽しみは消えてしまいました。

佐々木投手はベンチスタート。ブルペンでの投球練習も行わないまま、決勝戦に打者として参加することすらできなかったのです。単純にかわいそうという思いが湧いてきますが、佐々木投手を起用しなかった国保陽平監督に対する非難も賛辞の声も多数寄せられているようです。

~準決勝前に右肘の違和感!~

国保監督は、試合後のインタビューで

故障を防ぐためです。未来があるので、甲子園はもちろん素晴らしい舞台で、勝てば待っているのはわかっていたのですが、3年間朗希を見てきて、これは壊れる可能性が高いのかなと、私には決断できました。佐々木朗希が投げなくても勝利を目指せると思いましたが(相手の)守備で封じられてしまった

とても大きな決断。一生心に残る決断。そこは大人がと思いました。複数投手を育てられなかった私の力不足です

と答えています。

U18高校日本代表第1次候補「国際大会対策合宿」ケース打撃練習で163キロをマークした佐々木朗希(大船渡)

しかし、佐々木は24日の準決勝直前に県高野連の医療スタッフに右肘違和感をの訴えていたことが報道されましたが、佐々木はこの試合で完封勝利をおさめています。国保監督も当然知っていたでしょうが、肘に違和感を訴えていた佐々木投手を9回も投げさせたのです。

これを考えると決勝で投げさせなかったことの理屈が合わないのではと思ってしまいます。

~大きなエンジンに見合う車体!~

国保監督は過去に、佐々木投手のことを「エンジンが大きい」と表現しています。軽四の車体に排気量3000㏄のエンジンを付けてぶっ飛ばす。車体は耐えられずに壊れる可能性があります。まだまだ佐々木投手は体の線が細いため、自身が持つエンジンで目いっぱい投げ続ければ壊れてしまうという感覚を持っていたのかもしれません。

佐々木投手は1日6合のご飯を食べて1年生の頃から体重を10キロ増やしたそうです。それでも189㎝という高身長に対して80キロ程度の体重では線が細いと言われても仕方ありません。エンジンの大きさに見合った体づくりに期待します。

~父親と母親そして家族は涙か?~

佐々木投手は子供の頃、東北大震災の被害が甚大だった岩手県陸前高田市で暮らしていましたが、震災の犠牲となって父親は37歳ではなくなり、祖父母も犠牲となったそうです。朗希が9歳の時ことです。

佐々木投手には兄と弟そして、母親がいます。震災後家族は陸前高田市から大船渡市に移住しました。中学時代には「オール気仙」という軟式野球チームに所属しており、当時から140キロ台の球を投げていたそうです。

高校進学時には、大阪桐蔭や花巻東などの強豪高校からの誘いを断り、中学校時代の仲間と野球をやるために大船渡高校に進学したそうです。今回敗れた花巻東という強豪校がいる岩手県で、大船渡高校で甲子園を目指そうと考えたのは、自分に対するかなりの自信があったからなのでしょう。

佐々木投手が先発していても花巻東に勝っていたかどうかは分からないことですが、国保監督は、「佐々木がいなくても甲子園を目指せると思っていた」と発言していますから、佐々木が投げていれば勝利の確率はかなり高かったのではないかと考えられます。天国のお父さん、そしてお母さんはこの決勝戦をどのように見ていたのでしょうか?

佐々木投手が1球も投げずにチームが負け、目指していた甲子園の土を踏めなかったことや佐々木投手の無念さを考えれば涙したのかもしれません。

~野球はチームプレー!~

佐々木投手は準決勝までで既に435球投げていましたから国保監督はここで佐々木に負傷させては佐々木の将来に関わると考えての決断だったのでしょう。しかし、昨年夏の甲子園で脚光を浴びプロ野球選手になった金足農業の吉田輝星投手は878球を甲子園で投げ抜いています。過去にも甲子園で佐々木投手以上の球数を投げている有名投手は多くいます。

そうだとすれば、当時、投げさせた監督は選手の将来を考えない監督だったのでしょうか?そうではないと思います。

野球というスポーツは団体競技でありチームスポーツです。佐々木投手も大船渡で甲子園を目指そうと考えたのであれば、1人で投げ抜かなければならいというリスクを全く考えなかったわけではないでしょう。

現在の高校野球では強豪校に行けばエース級の投手は複数いるのが普通ですから、1人で投げ抜くリスクも減るのでしょうが佐々木投手はそれを選ばなかった。中学時代に一緒にやってきたチームメイトと甲子園を目指したいと考えて大船渡高校を選択したのでしょう。

だとすれば、チームのためにみんなのために佐々木投手が決勝戦を投げるべきだったと思います。個人競技であれば自分の体調を考慮して棄権することも難しくはないでしょう。しかし野球はチームプレーです。

国保監督も佐々木投手のことだけを考えてチームを指揮しているわけではないでしょうから、優勝したいという思いは強かったのでしょう。しかし、教育者という立場もあります。投手の球数制限がうるさく言われている現状を考えれば監督が無理を強いるような指揮はできなかったのかもしれません。

過去の一流投手は、自ら「僕を使って下さい!」と食い下がったという話も聞きます。チームプレーという強い思いがあるからこそこのようなことが言えるのだと思います。

~佐々木投手よ熱くなれ!~

報道では、佐々木投手は自ら監督に対して「壊れてもいい。投げさせてください」と申し出たという話は聞こえてきません。

この記者とのやり取りを見たときに「今の若い人はこんなものなのか。熱さはないのか?」と思ってしまいました。

ー地元のメンバーと甲子園を目指してきた。

この仲間だったから乗り越えられたことがたくさんあったと思うので、大船渡高校を選んでよかったかなと思う

ー監督に今日は投げさせないと言われたときの気持ちは。

そうですか。と

ー自分としては投げられる感じだったか。

はい

ーこれまでも投げずに負けたことがあった。

自分が投げたから勝てるわけじゃないので、秋は自分が投げて負けた試合もあるし、しょうがないかなと思う

更に

自分がここまで成長できたのは、周りで一緒に頑張ってくれる仲間がいたので、それに関してはすごく感謝しています

とまで言っています。

佐々木投手の才能はすごい、大谷翔平も佐々木投手のことを「高校で勝った負けたで終わる選手ではない」と言っています。大谷も3年生の時には予選で決勝で敗れた過去があり、それでも大リーグで活躍している現状に満足しているからこそこの様なことが言えるのでしょう。

佐々木投手は今年のドラフトの目玉でどの球団も1位指名を考えているようです。しかし、佐々木投手が大谷翔平のような活躍ができるかどうかは未知なのです。プロに入って活躍できなかったら国保監督の選択はどうとらえられるのでしょうか?

佐々木投手は、チームメイトのために投げるべきだったと思います。佐々木投手も仲間と野球がしたかった。他の選手も「佐々木がいれば、佐々木と一緒なら甲子園に行けるかもしれない」と考えて野球部を選び野球道を選択した部員がいたかもしれなかったのです。チームメイトのために「投げさせてください」と言える人間であって欲しかったと思います。

~佐々木朗希は打者でもプロになれる!~

佐々木投手が決勝戦で登板しなかったことについてのチームメイトのコメントが泣かせます。

佐々木に代わって先発した大船渡・柴田「試合後(佐々木に)、ごめんといったら気にすんな、といってくれた」

正捕手の大船渡・及川恵「朗希が投げなかったからではなく、甲子園にでられなかったことに悔いが残る」

大船渡・木下「最後(決勝)に投げてほしかった。でも、彼には上のステージもある」

たった3人のコメントですが、みんな甲子園に行くためにつらい練習に耐えてきたのです。佐々木投手には次のステージがあるかもしれませんが、ここで野球を終える選手もいるはず。

何度も言うように野球はチームプレーです。個人の将来よりも「チームとして幸せだったか不幸せだったか」が重要なのです。高校野球は個人の将来を考えながら野球をやる場ではないからこそ素晴らしく、感動できるのです。

将来の有望選手の活躍ためという打算が入ってくれば高校野球のすばらしさはなくなってしまうのです。

桑田真澄や長嶋一茂が国保監督の決断を支持していますが、才能を持った選手の将来を考えるのであれば、高校野球ではない違う道を考えるべきだと思います。

 

 

 

 

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