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安田菜津紀は韓国人で反日!しゃべり方が嫌い!サンデーモーニングで抽象論!

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~放送法無視のサンモニ!~

偏向報道番組で有名な日曜朝の「サンデーモーニング」のコメンテーターたちを見ると、”よくもこんな左巻きばかりを集めているなあ”と感心する。

放送法4条では、放送事業者は番組の編集にあたっては「政治的に公平であること」「報道は事実をまげないですること」という縛りがあるにも関わらず、あることないことでっち上げて政権批判ばかりを繰り返している。これが”公平な報道”といえるのか甚だ疑問だ。

中でも、チョット早口でよく聞いていても抽象論ばかり。いったい何が言いたいんだと思わせるコメンテーターが、在日韓国人を父親に持つと言われているフォトジャーナリスト安田菜津紀(33)氏である。

正直、朝の遅い朝食を食べながら聴くには回りくどく、具体性を持たない話に終始する安田氏にはイラつく。

テレビでは理解できないのでネットで安田氏の記事や動画を見てみたが、やはりよく分からない。

~慰安婦発言がひどい!~

中でも2019.9.11放送の「虎ノ門ニュース」で上念司とケントギルバートがツッコみをいれていた安田の”徴用工”や”慰安婦問題”に対する発言には呆れた。

番組ではサンモニの中での安田氏の発言をフリップを使って紹介していた。

2019年8月18日、「風をよむ」にて終戦の日についての報道を受けて

(抜粋)

こういった日韓の問題が、外交問題としてあったとしても、例えば徴用工だったり慰安婦とされてしまった方々がどういう苦しみを経てきたのかということ、今を生きてる私たちが、じゃあ知らなくていいということにはならないと思うんですね。それを覆い隠すべきではないと思いますし、そこに被害者がいれば必ずそこにも加害者もいて。で、日本の中でそういった加害の歴史というものに触れようとすると、それは反日的である。国益に反するっていう批判がすぐに上がってくると思うんですね。でも国益ってじゃあなんだろうって。そういった加害の歴史を直視できない国だというふうに世界の中から見られることこそ、実は不利益をもたらすんじゃないかと私は思います。

正に”反日家”の発言ですね。こんなことで日本に不利益をもたらそうとしているのは朝鮮半島の人たちくらいですよ。

世界的にこの慰安婦強制連行を広めた朝日新聞が”ウソだった”と認めた後でもこうやって反日家たちは朝日新聞のウソだった発言を”無視”して、何ら証拠も示さないで「いや、あった!」「朝日がウソを言っている!」と言っているのですから話になりません。

過去のことを全く知らなくていい訳ではないが、知らなくていいこともある。

”戦争は平和をもたらさない”や”絶対に繰り返してはならない”ということを子供たちに教育していけばいいのであって、

君たち日本国民の先祖がこんな悪いことをしてきたんだ!君たちも反省せよ!

ということを教える必要もないし語る必要もないと思う。

安田氏は勘違いしている。

慰安婦問題を話題にしたからと言って誰も”反日”とは言わない。

”日本が加害行為をした”という前提で話をするから”反日”と言われるのだ。

このような反日家である安田氏に対して、「慰安婦強制連行はなかったんだよ」と言っても聞く耳は持たないと思うが、ジャーナリストを名乗る以上、自分が信じることだけを一方的に垂れ流すのではなく、他人が発する情報も吸収しながら知見を広めて発言をして欲しいと思う。

~小さな共感を積み重ねる??~

2020/4/21 youtube.com 【コロナ時代を生きるために】という動画を見た。

新型コロナで日本中がおびえ始め、安倍前首相が初めての緊急事態宣言を発出した頃である。

こうした混乱の中で”他者を排斥する”というということではなくて”小さな共感を積み重ねていく”

明日の生活もどうなるか分らない方々にとって、”明日、どんなサポートを受けられるのか”ということは死活問題だと思うんですが、今二転三転している現金給付の問題にしても、例えば「誰がにどんなふうに給付をしていくのか」ということよりも、「誰が最初に提言したのか」これは「誰の手柄なのか」っていうことに力点が置かれてしまっているのが非常に気がかりなんですよ。

よくね、「こういった緊急時だから政府批判をするべきでない」という声も頂くことがあるんですけれども、私は緊急時ほどむしろ批判をしていかなければならないという風に思うんですね。

たとえば現金給付にしても外国籍の人たちはどうなんだろう、路上生活の人たちどうなんだろう?という風に、大変な状況にある中こそ実は人権が侵害されたり、あるいは取りこぼされてしまう方々がいらっしゃると思うんですよね。

「こうした事態だからこそ、これはどうなの」ッていう風にその都度問いかけていくことが必要になってくると思いますし、言葉の使い方には細やかにあるべきだなと思っていて、例えば「ステイホーム」という呼びかけがありますよね、これは家にいられる方々にとってはとても大切な呼びかけだとは思うんですけどもそれと同時にいろんな事情で家にいられない人たちだったり、そもそもステイするホームがない人たちには「ちゃんと支援を届けようね」っていう風に一つのスローガンからこぼれ落ちがちな人たちにどんなふうに声を上げていくのかっていうことが私たちに求められているんではないかと思います。

「現金給付は外国籍の方々にも」という風に声をあげると「いやなら日本から出て行け」って言う声が必ずあがるんですよね。結局”他者を排斥する”っていうことは自分にその排斥が跳ね返ってくるということだと思うんですよね。

だから「情けは人のためならず」ってことはそこにあると思っているんですが、結局は共感を積み重ねるってことは決してきれいごとではなくって必ずその共感は自分に返ってくるってものでもあるという視点を持つことではないかと思います。

「小さな共感を積み重ねる」って言う意味が分かりません。

緊急事態下において、家族である高齢者や幼い子供たちがコロナに感染しないように不要不急の外出を控えようと”ステイホーム”という言葉で国民に訴えているさ中に、”家にいられない人たち”のことまで考えられるはず余裕はなかった。

路上生活者や車両生活者など、安田氏いわく「零れ落ちそうな人たち」も密にならないことでコロナ感染は避けられるのだから、一般国民がステイホームで外に出ないようにすることは”零れ落ちそうな人たち”も含めた国民全員に有益なわけですからそこは批判することではないと思う。

「情けは人のためならず」ということは人に親切にすれば、その相手の為だけでなくやがては良い報いとなって自分に戻ってくるという意味ですが、他人を排斥したら自分にも返ってくるというのは意味が違うでしょう。

”自分がいい思いしたいから””自分にもいいことがあるかもしれない”

だから他人に親切にしておこうなんていう考え方は打算的で立派な考えだとは思えません。

困っている人を助けるということは単純に「何とかしてあげたい」という純粋な優しさから出てくる行動でなければならないし、本当の優しさとは言えないと思う。

今優しくしてあげていればいずれ自分も助けられることがあるかもしれない。自分にも何かいいことがあるかもしれないなんて思って行動する奴は偽善者だし、「偽善者になれ!」って言っているような気がする。

やはり何度聞いても「小さな共感を積み重ねる」っていう言葉は必要ないと思う。

きれいごとを言うために考え付いた言葉のような気がしてならない。

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